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「操り人形」と、その人形を陰で操る「黒幕」の人形遣い。

日本では長い間、都道府県知事や市町村長などの首長は「特定政党」や「地域ボスたち」の「黒幕」に操られた「人形」でしかなかったのだ。

それが「特定政党の公認候補」から「複数政党の推薦候補」になるにつれて、その「操られる度合い」はやや薄まってはきているが、それでも、日々の行動や政策決定に、推薦してくれた政党や、選挙戦を戦ってくれた地域ボスたちの「影響力」から逃れることはできない構造になってしまっている。



選挙結果の分析と反省  <黒幕と操り人形>

私はどちらを望む人間なのだろうか?

私は幼稚園児の頃から目立ちたがり屋だった。
いまでも自己顕示が強いことは否定しない。

だから、私と「付き合いの浅い人」は、「小久保は表に出て目立つ方を好む人間だ」と思い込んでいる。

しかし、私と付き合いの長い人や幼馴染みは「小久保は目立ちがり屋ではあるが、その本質は、陰で暗躍する黒幕志向の人間である」ことを知っている。

実は、私は2009年7月の飯能市長選では、「自分が立候補することは100%考えていなかった」のだ。

なぜなら、「黒幕」志向の私は、「恥ずかしい選挙演説や握手、支持者回りをする候補者」を「軽蔑」すらしていた人間だったからだ。

むしろ、「出たがりの人」「市長になりたいという欲の強い人」を「操り人形」にして前面に出し、自分は「安全な陰に隠れている黒幕」でいたほうが「楽だし得だ!」と思っていたからだ。

そして、どうせ「黒幕」として「新人候補を担ぐ」のであれば「30代の若い人に限る」と思ってさえいたのだ。
その「30代の若い人に民主党の公認か推薦が付けば現役に100%勝てる!」という確信さえ有った。

実はそれは2年も前からの確信だったのだ。

しかし、残念なことに、私の周囲には「30代で市長選に出たい!」という積極的な若い人がいなかった。

30代の若い人がいないのなら、次善の策は「40代の元気な女性に民主党の推薦が付くこと」と考えてもいたのだが、そんな女性も私の周囲にはいなかった。

そうなれば、現職の沢辺市長に対抗して出馬する可能性の有る市議の「黒幕」になるしかないと考えたのだ。

沢辺市長が3選出場を表明した時点(2008年12月)では、市議の中で「現職に対抗して出馬する市議は柏木さんしかいない」と殆どの市民は思っていた。

だから、私も2009年3月の市議会修了時点までは、「柏木さんを市長選に担ぎ出して自分は黒幕で動く以外に無い」と思っていた。

しかし、そもそも、そこに今回の「市長選敗北の遠因が有った」と自分では分析している。


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テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

tag : 市長選 市長 選挙 候補者 政治家 知事 首長 黒幕 地域ボス 政党

プロフィール

小久保 達

Author:小久保 達
こくぼ さとし
埼玉県飯能市在住(27年目) 住居は飯能河原に面した市立図書館隣のマンション。屋上で花・野菜・果樹を栽培。教員の妻、大学生の姪と三人暮らし。

1949年4月24日生まれ・B型
東京都板橋区板橋出身
私立落合幼稚園(板橋)
板橋区立板橋第二小学校
板橋区立板橋第一中学校
東京都立北園高校(板橋)
明治大学文学部中退

中学でも高校でも生徒会長だったが両方とも対立候補がいないから立候補しただけ。中学校では生徒会担当の先生から「お前が立候補しろ!」と指示され、高校では柔道部の部長から「部の予算を増やして来い!」と命令されたから。

つまり「目立ちたがり屋」ではあるが「他人と競ってまで目立とう!」とは思わないタイプ。逆に「他人と競わないほうが結局は得だ!」という考え。この生き方は今もあまり変わらない。

だから地元の飯能市では「市長」ではなく「観光協会会長」を狙っている。市民会館と図書館の運営受託にも興味を懐いている。

建材調査会社を経て25才で脱サラしたが1年も続かずに挫折
親の財産まで喰い潰した自分の愚かさに絶望して自殺を試みるも死にきれず「喰うために」ヤケッパチで就職した会社が極めてまともな社員研修会社だったのが「人生の大幸運!」

その会社での体験や見聞から<起業家の本当の成功要因と失敗要因>に気づいて1985年(35才)再び脱サラして創業開発研究所を開設、現在に至る。

起業関連の著書は9冊。
『はじめての独立開業』
        日経文庫1000円
『規制の中に商機がある』
    日本経済新聞社1500円
『平成起業家物語』 
     ダイヤモンド社1800円
(他は 小久保達 で検索を・・)
   
2001年4月から岐阜大学産官学融合本部客員教授。
起業家の中から日本を変える政治家が続々と出てくることを切望している。

最近は「初めて選挙に立候補する人」をビジョン・政策面で応援することを喜びとしているが〈押し掛け〉〈押し付け〉気味なので迷惑がられることもある。

地元(埼玉県飯能市)では地域サイト「飯能いつどこ情報源」と「飯能イベント企画365」を運営
「地域寄席」を10年前から毎月定期的に開催し続けている。

2001年6月、現市長の初めての市長選のときに「前県議(現市長)×前市議」2人の公開討論会を市民会館で開催した時の5人の何の組織も持たないオジサン主催者の1人だった。
   
2006年1月からブログ「飯能どうする研究所」で、地域の将来ビジョンや市政への提案提言を「10の理想を実現するための
100の挑戦・1000の実験」として体系化して発信中。

地元の日刊紙での提言投稿も目立つので「いずれ市長選に立候補する気だろう」と陰で噂されているが、当人は方々でそれを本気で否定してきた。
ところが「ひょんなコト」が意外な展開に。結果的には2009年7月26日投票日の飯能市長選に出馬しなければならないことになってしまった。
  
そんな訳で、当ブログの名称を「市長を変える・地域を変える・日本が変わる」から、現在の「還暦オヤジ市長選奮戦記」に変えて再スタート。

連絡は「小久保達.com」からどうぞ!
(リンク欄の最下段に有ります)

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