スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「政治家」は、私たちの「リーダー」なのか?

          ★「政治家リーダー」? 

日頃から疑問に思っていることがあります。 

政治家は、私たちのリーダーなのでしょうか? 

首相は国民のリーダーなのでしょうか?
 麻生さんが、とか福田さんが、安部さんが、小泉さんが、ということではなく、首相という人を「自分たちのリーダーだ」と思っている人が果たしてどれくらいいるのでしょうか?

知事は「県民のリーダー」なのでしょうか?
自分が住んでいる所の知事を「自分たちのリーダーだ」と思っている人が果たしてどれくらいいるのでしょうか?

市長は「市民のリーダー」なのでしょうか?
自分が住んでいる所の市長を「自分たちのリーダーだ」と思っている人が果たしてどれくらいいるのでしょうか?

私の疑問は「いまの政治家本当に私たちのリーダーなのだろうか?」ということではなく、政治家が私たちのリーダーだと位置づけていた時代はとっくに終わっているのではないか?」ということなのです。

他に表現する適切な言葉が無いから、「リーダー」とか「代表」と言ってきただけなのではないでしょうか?

私の疑問は、「そもそも何を判断基準として政治家と言うのか?」ということまで遡ってしまっているのです。

知事」になれば、「市長」になれば、それが政治家なのでしょうか?

ならば、「知事」や「市長」を辞めた人は、「政治家ではなくなった」ということで、いいのでしょうか?

日本の政治を変えていくには、「政治家」という存在の概念自体を変えることも必要なのではないでしょうか?

スポンサーサイト

テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

tag : 市長 知事 首相 政治家 リーダー

「議員=政治家」なのか?

          ★「政治家=リーダー」?

日頃から疑問に思っていることがあります。  

議員政治家なのでしょうか? 
 
どう考えても、私には「単なる採決要員にしか思えないのです。

首長から出された議案を質問と提案で「内容の向上」に影響力を発揮している議員は皆無とはいいませんが、極めて少数(1割以下)なのです。

他の大多数(9割以上)の議員は、質問もしませんし、質問する議員も、本当に知りたいことなのであれば、わざわざ議場で質問しなくても、担当者に会って確かめれば済む程度の内容ばかりなのです。

国会から、都道府県、市町村の地方議会まで、すべて「法律で定められているから、仕方無く採決をしているだけの儀式」でしかないのです。

そんな指摘が国民や県民、市民に知られて、もう何十年にもなるのに、いまだに、議員は「採決要員」でしかないのです。

採決要員」のどこが「政治家」なのでしょうか?

テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

tag : 市長 議員 政治家 採決要員

「議員」は「議員」と呼べばいいのであって、「政治家」と言わないほうがいいのでは?

          ★「政治家=リーダー」?   

公職選挙法や政治資金規正法などによると、政治家とは国会議員、地方公共団体の長、地方議会の議員、及びその候補者、となっているそうです。

では、議員首長を辞めた者、選挙に立候補しない者は「政治家」ではないのでしょうか?

ウィキペディアの「政治家」項目には下記のように説明されています。
政治資金規正法や公選法上の政治家の定義は、「公選によって選出される公職に在る者、同候補者、同候補者になろうとする者」、資金管理団体代表者は一概に政治家と定義される。
副知事、副市長、民間人閣僚、政治を志している人(政治活動家)も政治家と呼んで差し支えない。行政において裁量権を持つ高級官僚は政治家に含めないことが多いが、広義の意味では政治家に含める場合がある。


日本では、「作家」という呼称には正確な定義はありません。

私自身は作家とは小説を書いてその収入だけで生活できるもの書きのことである」という認識を学生時代から持ち続けていますが、どうも「現実」はそうでもないようです。

過去に著名な文学賞を受賞した人は、現在、小説を書いていなくても、その収入では生活できていなくても、「作家」と言われます。そして、当人も「作家としての自覚や自負を抱いている」限りは、自分が「作家」と呼ばれることを否定したりはしないのです。

しかし、現在、どんなに売れている「もの書き」であっても、書いているものが「小説」や「ストーリー」でなければ、自分を「作家」とは称さないものです。

その反対に、いま、どんなにたくさんの小説を書いていても、その作品が出版されずに、同人誌やブログの中で書かれているだけなら「作家」とは言われないのです。

画家」や「音楽家」「作曲家」「建築家」「彫刻家」「書道家」・・・・など「○○家」と呼ばれる人は、すべて「実績」と「当人の自覚と自負」と「社会の見方」で、「呼ばれている」ようです。

もちろん、弁護士や税理士、などの「士」のように、資格や公的機関の承認の有無などに関係なく「○○家」と呼ばれています。

実績や当人の自覚と自負が有るなら、選挙で落選しても、引退した後でも「政治家」でいいのではないでしょうか。そのうえで「前市長」とか「元議員」という「但し書き」が付くのは構わないと思うのですが、どんなもんでしょうか?

テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

tag : 政治家 作家 画家 選挙 候補者 議員 首長

リーダーのいない国

          ★「政治家リーダー」?

日本は「リーダーのいない国」です。 

天皇を「日本人の歴史と文化の象徴」として認めている人(私もその一人ですが)でも、天皇を「日本人のリーダー」と思っている人は極めて少数でしょう。

憲法上は、内閣総理大臣が最高権力者ということになっていますが、本心から「首相が国のリーダーだ!」と思っている人も極めて少数でしょう。

国民やマスコミは、首相を非難するときに、常套句のように「首相は国民のリーダーとしての責任を果たせ!」とか「リーダーとしての方向性を示せ!」と言いますが、まさに、それは「お決まりの常套句」として使っているだけであって、それを言っている人自身は、首相を「自分たちのリーダーだ」とは思っていないのです。

三権分立」という言葉を知っている人でも、だからと言って、国会の議長や最高裁判所の長官を「日本のリーダー」と思っている人などはほとんど皆無に近いかもしれません。

政治家」と言われている国会議員に対して「日本のリーダーであって欲しい!」と願う人はいても、「国会議員の一人一人が日本のリーダーだ」と思っている人も極めて少数でしょう。

政党の代表や党首などは、その政党の所属議員や、熱心な党員にとってはリーダーである人もいるのでしょうが、その政党に関係の無い人たちにとっては、「政党の代表」として認識しているだけであって、自分たちのリーダーとは誰も思っていまいのです。

つまり、今の日本には「国民のリーダーがいない」のです。

それならば、「国民はリーダーを求めてはいないのか?」というと、そうではなく、やはり「リーダーを求めている」のです。

「リーダーを求めている国」なのに、「リーダーがいない国」

それでいて、「リーダーに何を求めるのか?」ということについてすら、まともに考えたことがいまだに無いのです。

だから、日本に「国民が期待するリーダー」が生まれてこないのです。

テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

tag : 政治家 首相 内閣総理大臣 リーダー 憲法 天皇 三権

プロフィール

小久保 達

Author:小久保 達
こくぼ さとし
埼玉県飯能市在住(27年目) 住居は飯能河原に面した市立図書館隣のマンション。屋上で花・野菜・果樹を栽培。教員の妻、大学生の姪と三人暮らし。

1949年4月24日生まれ・B型
東京都板橋区板橋出身
私立落合幼稚園(板橋)
板橋区立板橋第二小学校
板橋区立板橋第一中学校
東京都立北園高校(板橋)
明治大学文学部中退

中学でも高校でも生徒会長だったが両方とも対立候補がいないから立候補しただけ。中学校では生徒会担当の先生から「お前が立候補しろ!」と指示され、高校では柔道部の部長から「部の予算を増やして来い!」と命令されたから。

つまり「目立ちたがり屋」ではあるが「他人と競ってまで目立とう!」とは思わないタイプ。逆に「他人と競わないほうが結局は得だ!」という考え。この生き方は今もあまり変わらない。

だから地元の飯能市では「市長」ではなく「観光協会会長」を狙っている。市民会館と図書館の運営受託にも興味を懐いている。

建材調査会社を経て25才で脱サラしたが1年も続かずに挫折
親の財産まで喰い潰した自分の愚かさに絶望して自殺を試みるも死にきれず「喰うために」ヤケッパチで就職した会社が極めてまともな社員研修会社だったのが「人生の大幸運!」

その会社での体験や見聞から<起業家の本当の成功要因と失敗要因>に気づいて1985年(35才)再び脱サラして創業開発研究所を開設、現在に至る。

起業関連の著書は9冊。
『はじめての独立開業』
        日経文庫1000円
『規制の中に商機がある』
    日本経済新聞社1500円
『平成起業家物語』 
     ダイヤモンド社1800円
(他は 小久保達 で検索を・・)
   
2001年4月から岐阜大学産官学融合本部客員教授。
起業家の中から日本を変える政治家が続々と出てくることを切望している。

最近は「初めて選挙に立候補する人」をビジョン・政策面で応援することを喜びとしているが〈押し掛け〉〈押し付け〉気味なので迷惑がられることもある。

地元(埼玉県飯能市)では地域サイト「飯能いつどこ情報源」と「飯能イベント企画365」を運営
「地域寄席」を10年前から毎月定期的に開催し続けている。

2001年6月、現市長の初めての市長選のときに「前県議(現市長)×前市議」2人の公開討論会を市民会館で開催した時の5人の何の組織も持たないオジサン主催者の1人だった。
   
2006年1月からブログ「飯能どうする研究所」で、地域の将来ビジョンや市政への提案提言を「10の理想を実現するための
100の挑戦・1000の実験」として体系化して発信中。

地元の日刊紙での提言投稿も目立つので「いずれ市長選に立候補する気だろう」と陰で噂されているが、当人は方々でそれを本気で否定してきた。
ところが「ひょんなコト」が意外な展開に。結果的には2009年7月26日投票日の飯能市長選に出馬しなければならないことになってしまった。
  
そんな訳で、当ブログの名称を「市長を変える・地域を変える・日本が変わる」から、現在の「還暦オヤジ市長選奮戦記」に変えて再スタート。

連絡は「小久保達.com」からどうぞ!
(リンク欄の最下段に有ります)

最新コメント
Adsense
最新トラックバック
FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。