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きょうは外出先が多いので「政策集」の製作に集中できそうもない。

2009年5月26日(火)             ★単純な時系列の日記
00:10
妻と録画しておいた『笑神降臨』を視ながら晩酌。缶ビール(350)3本+缶酎ハイ2本 焼きそば 焼き魚(鮭の切り身・昨夜の残り)
01:30  就寝

06:30  起床
ゴミ出し(燃えるゴミ) 新聞3紙
奥さんは「夜は大丈夫よね?」と念押しして出勤。
今夜は練馬文化センターの「喬太郎・たい平二人会」の前売り券を買ってある。チケットを買ったときは、まさか「市長選に出る」なんてことは100%考えていなかったのに・・・・
08:15
昨日初めて電話をもらった「小久保」さんの携帯に。留守電に吹き込む。
08:31
「小久保」さんから携帯に。
「11:00~16:00の間なら大丈夫ですが・・・」
「こっちもいいよ」
「でも、私の運転がダメなんですよ。こちらに来て頂ければ中央公民館のロビーで会えますが・・・」
「え!あんたがこっちにこっちに来るのが当然でしょう!」
「いま、ここで私が交通事故を起こしたら一巻の終わりですから。運転はしないようにしてるんです」
「自転車は?」
「持ってないんです」
(ここでこの人を怒らせても不味いしなぁ・・・・)
「判りました。思い切って車で行きます」
「車でくるか、歩いてくるかは、それはあんたの判断に任せるから・・・」
「はい。そうします」
11:27
近所の○○新聞専売店の「社長室」へ。社長のEさんと「武田鉄矢+海援隊コンサート」の打合せ。1年前に、「飯能市の60才の集いに同い年の武田鉄也を呼ぶ」という企画を立てたときは、自分が市長選に出るなんてことは100%なかったのだ。
しかし、いまとなっては何を言っても「小久保は最初から市長選に利用するつもりで有名人のライブをやろうとしてたんだ」と誤解されてしまうので、今後一切、主催者側の人間として私の名前が出ないようにしないといけない。結局「昭和24年度生まれの会」という名前を使い、私の名前は出さず、Eさんが前面に出て進めることにした。
Eさんと打合せの最中に、「海援隊」サイドのプロデユーサーから私の携帯に電話。
それは「ちょうど小久保さんたちが開催しようとしている時期に、入間市役所やお茶組合の人たちからも別ルートで話が来ている。みなさんが納得できるかたちにまとめたいので、その辺の話をするためにそちらに一度伺いたい」ということだった。
そこで、すぐその場でEさんが、入間市役所で関係の深い部署にいるF次長に電話。私はそばで黙ってEさんとFさんの話を聴いているだけにした。
要約すると、今年の10月末の「入間万灯まつり」の景気づけに、一週間前くらいに設定したいと思っている、とのことで、まだ確定ではないという。
電話をEさんから代わって私がFさんと話す。
私は市長選のときに「入間と飯能との合併推進」を打ち出したいのだが、肝心の入間市長に合併意欲が無ければ私の一人相撲になってしまう。そこで入間市長の「合併意欲の有無」をF次長に尋ねていたのだ。F次長の話の内容は、現時点ではこのブログには書けない。
12:30
鰻の畑屋の前で、飯能市役所を昨年定年退職したGさんとバッタリ。昨日マハロに置いてきた<市役所改革・最初の一手>を「難しそうで読む気がしなかった」と言われた。一番興味を持って欲しい人たちに読まれないのでは作成する意味がない。根本的に書き換えなければ。
14:30
Blog「飯能どうする研究所」に、このブログのことを書いてリンクできるようにした。
15:00
昨日電話をもらった芦苅場のほうの「小久保」さんに会いに自宅を出る。自分で車を運転するのは避けているので、タクシーで行くことにする。飯能駅から乗るよりは、東飯能駅の東口から乗ったほうがいくらかは「安く付く」と思う。
こういうタクシー代は、「政治資金の収支報告」を出すときに「活動経費」として認められるのだろうか? 選管に行ったときN確認してみよう。
その前に、同じ町内の「小久保」さんに寄って、芦苅場の「小久保」さんに関する情報を得ておこうと思う。
15:05
町内の「小久保」さんに寄ってみたが不在。そこでタクシーの中で、もう一人の「小久保」さんに電話。
「どんな人なのか、事前にプロフィールを知っておいたほうがいいと思って。どんな人ですか?」
「・・・・・・何も言えない。なんの情報も持たないでそのまま会ったほうがいい。会ってきてから話すよ」
(これはどのように解釈したらいいんだろう)
その「小久保」さんの会社、倉庫、自宅などは林の中に隠れるように建っていた。タクシーの運転手に会社名や業務内容を伝えても知らなかった。
その「小久保」さんには、タクシーで行くことを伝えておいたので、家の外に出て待っていてくれた。敷地の中に建物が多いので、初めての人は、どの建物に行ったらいいのか迷うだろう。写真を撮ろうと思ったのだが、当人のいる前でそれはできなかった。
15:30
自宅の中は広いフローリング。真ん中に10人くらいが円陣で腰掛けられるように掘られていて囲炉裏があった。壁は大きな全面ガラスで林が見通せる。喫茶店や居酒屋だったら絶対に人気の出るお店になるようま造りになっていた。生活感を感じさせないようになっていた。
この「小久保」さんとの話は、このブログにも書けないが、来て良かった。会えて良かった。当人は「俺は飯能じゃ変人奇人で通っているから」と言っていたが、かなり私に似ている人だと感じた。70分ほど話しただけだが、これから何度も会って意見交換したい人だ。
練馬駅に18:30までに着いていたいので、私から腰を上げることにした。
奥さんが車で飯能駅まで送ってくれたので、落語会の開演15分前に着けた。
17:19
飯能駅から急行に乗った。電車の中で「私が市長になったら一ヶ月以内に実行する8つのこと」を携帯ワープロに書き込んだ。さっき「小久保」さんに渡した「自信の政策集」はあまり気に入らなかったようだ。文字ばかりギッシリというのは、誰も読みたくないようだ。私はどうも「セミナーの配付資料」から脱却できていないようだ。「A4サイズ1枚」にまとめたものを10枚以上に分割し、レイアウトも再考しなければならない。時間が無い。落語会なんか行って場合ではないが、すっぽかすと奥さんが怒る。
18:20
練馬文化センター1階のロビーで奥さんと落ち合い、サンドイッチとコーラをお腹に入れた。朝から何も食べていなかった。
18:30
第114回練馬区寄席。 林家たこ平「時そば」 柳家さん若「悋気の独楽」 柳家喬太郎「井戸の茶碗」(中入り)漫才・ロケット団  林家たい平「青菜」  21:12終演。
21:20
練馬駅から乗車。
21:36
乗り換えで石神井公園駅のホームにいたとき、5/20のマハロでの勉強会に来てNAさんから携帯に。明日の勉強会にも参加したいとのこと。彼と話しているとこちらもアイデアが湧いてくるので大歓迎だ。

23:40
入浴 体重87.0kg

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テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

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プロフィール

小久保 達

Author:小久保 達
こくぼ さとし
埼玉県飯能市在住(27年目) 住居は飯能河原に面した市立図書館隣のマンション。屋上で花・野菜・果樹を栽培。教員の妻、大学生の姪と三人暮らし。

1949年4月24日生まれ・B型
東京都板橋区板橋出身
私立落合幼稚園(板橋)
板橋区立板橋第二小学校
板橋区立板橋第一中学校
東京都立北園高校(板橋)
明治大学文学部中退

中学でも高校でも生徒会長だったが両方とも対立候補がいないから立候補しただけ。中学校では生徒会担当の先生から「お前が立候補しろ!」と指示され、高校では柔道部の部長から「部の予算を増やして来い!」と命令されたから。

つまり「目立ちたがり屋」ではあるが「他人と競ってまで目立とう!」とは思わないタイプ。逆に「他人と競わないほうが結局は得だ!」という考え。この生き方は今もあまり変わらない。

だから地元の飯能市では「市長」ではなく「観光協会会長」を狙っている。市民会館と図書館の運営受託にも興味を懐いている。

建材調査会社を経て25才で脱サラしたが1年も続かずに挫折
親の財産まで喰い潰した自分の愚かさに絶望して自殺を試みるも死にきれず「喰うために」ヤケッパチで就職した会社が極めてまともな社員研修会社だったのが「人生の大幸運!」

その会社での体験や見聞から<起業家の本当の成功要因と失敗要因>に気づいて1985年(35才)再び脱サラして創業開発研究所を開設、現在に至る。

起業関連の著書は9冊。
『はじめての独立開業』
        日経文庫1000円
『規制の中に商機がある』
    日本経済新聞社1500円
『平成起業家物語』 
     ダイヤモンド社1800円
(他は 小久保達 で検索を・・)
   
2001年4月から岐阜大学産官学融合本部客員教授。
起業家の中から日本を変える政治家が続々と出てくることを切望している。

最近は「初めて選挙に立候補する人」をビジョン・政策面で応援することを喜びとしているが〈押し掛け〉〈押し付け〉気味なので迷惑がられることもある。

地元(埼玉県飯能市)では地域サイト「飯能いつどこ情報源」と「飯能イベント企画365」を運営
「地域寄席」を10年前から毎月定期的に開催し続けている。

2001年6月、現市長の初めての市長選のときに「前県議(現市長)×前市議」2人の公開討論会を市民会館で開催した時の5人の何の組織も持たないオジサン主催者の1人だった。
   
2006年1月からブログ「飯能どうする研究所」で、地域の将来ビジョンや市政への提案提言を「10の理想を実現するための
100の挑戦・1000の実験」として体系化して発信中。

地元の日刊紙での提言投稿も目立つので「いずれ市長選に立候補する気だろう」と陰で噂されているが、当人は方々でそれを本気で否定してきた。
ところが「ひょんなコト」が意外な展開に。結果的には2009年7月26日投票日の飯能市長選に出馬しなければならないことになってしまった。
  
そんな訳で、当ブログの名称を「市長を変える・地域を変える・日本が変わる」から、現在の「還暦オヤジ市長選奮戦記」に変えて再スタート。

連絡は「小久保達.com」からどうぞ!
(リンク欄の最下段に有ります)

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