スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦略と戦術の違い

          ★新人でも市長に当選するための戦略戦術

市長になるには、当然のことですが、まず「市長選に立候補」して、そこで当選しなければなりません。当選する可能性は、「新人候補」で、なおかつ「無名」の場合は、かなり低いのが現実なのですが、それでも決して不可能なことではないのです。

政党や宗教団体、地域団体、市民活動グループなどの支持基盤を持っていない無名の新人が、いきなり市長選に立候補して、それでも当選するためには、それなりの〈戦略〉と、その戦略に基づいた〈戦術〉が必要です。

みなさんの中には、戦略〉と〈戦術〉と〈戦技〉の違いがよく判らないという人も少なくないと思いますので、ここで、蛇足とは思いますが、その相違点を簡潔に説明させて頂きます。

戦争では、〈戦略〉とは、「無駄な戦いを避ける方策」「敵に戦う気持ちを無くさせてしまう方策」であり、万が一戦う場合は、「その戦いで圧倒的な勝利を得られるようにする方策」のことを意味しています。

例えば、日本の戦国時代。

刀と槍と弓矢の時代の戦争に、南蛮渡来の種子島(鉄砲)を数千挺も揃えるという、他国の武将たちを圧倒する戦略で勝ち進んだのが織田信長でした。

その鉄砲の弱点を知って、「鉄砲を重視している織田軍勢を攻めるのは大雨の日に限る」という戦術で勝ったのが上杉謙信だったのです。

鉄砲を全ての武将が装備すると、もはや「鉄砲を増やす」というのは戦略としては通用しなくなってしまいました。勝敗を決するのは、「いかにして鉄砲部隊を活用するか」という戦術次第ということになるのです。

しかし、「鉄砲の数を増やす」という戦略を上回ったのは、「できるだけ多くの大名を自分の陣営に見方として組み込む」という戦略です。その戦略で天下を平定したのが徳川家康だったのです。

現代の戦争を事例にすれば核兵器でしょう。

世界には「核兵器を持っているから我が国の平和が保たれるのだ」という考えを持っている人が日本人の想像している以上に多いのです。

「我が国と戦争しようという気持ちを起こさせない」という理由で装備するから「戦略核兵器」と言われているのです。

他にも、最新兵器を導入したり、膨大な武力兵力を保持することは、「無駄な戦いを避ける」という戦略に基づいているのです。

それに対して〈戦術〉とは、「戦うのであれば、その戦いに勝つための方法」「できるだけ短時間で自分の消耗を少なくして勝つ方策」を意味しています。

例えば、先制攻撃とか、奇襲攻撃、物量戦、短期決戦、籠城作戦などは〈戦術〉に分類されるのです。

この「勝つための戦略と戦術」という考え方を<市長選>に当てはめて考えてみましょう。

     → それが次回の内容です。
スポンサーサイト

テーマ : 政治・地方自治・選挙
ジャンル : 政治・経済

tag : 戦略 戦術 市長選

コメント

非公開コメント

プロフィール

小久保 達

Author:小久保 達
こくぼ さとし
埼玉県飯能市在住(27年目) 住居は飯能河原に面した市立図書館隣のマンション。屋上で花・野菜・果樹を栽培。教員の妻、大学生の姪と三人暮らし。

1949年4月24日生まれ・B型
東京都板橋区板橋出身
私立落合幼稚園(板橋)
板橋区立板橋第二小学校
板橋区立板橋第一中学校
東京都立北園高校(板橋)
明治大学文学部中退

中学でも高校でも生徒会長だったが両方とも対立候補がいないから立候補しただけ。中学校では生徒会担当の先生から「お前が立候補しろ!」と指示され、高校では柔道部の部長から「部の予算を増やして来い!」と命令されたから。

つまり「目立ちたがり屋」ではあるが「他人と競ってまで目立とう!」とは思わないタイプ。逆に「他人と競わないほうが結局は得だ!」という考え。この生き方は今もあまり変わらない。

だから地元の飯能市では「市長」ではなく「観光協会会長」を狙っている。市民会館と図書館の運営受託にも興味を懐いている。

建材調査会社を経て25才で脱サラしたが1年も続かずに挫折
親の財産まで喰い潰した自分の愚かさに絶望して自殺を試みるも死にきれず「喰うために」ヤケッパチで就職した会社が極めてまともな社員研修会社だったのが「人生の大幸運!」

その会社での体験や見聞から<起業家の本当の成功要因と失敗要因>に気づいて1985年(35才)再び脱サラして創業開発研究所を開設、現在に至る。

起業関連の著書は9冊。
『はじめての独立開業』
        日経文庫1000円
『規制の中に商機がある』
    日本経済新聞社1500円
『平成起業家物語』 
     ダイヤモンド社1800円
(他は 小久保達 で検索を・・)
   
2001年4月から岐阜大学産官学融合本部客員教授。
起業家の中から日本を変える政治家が続々と出てくることを切望している。

最近は「初めて選挙に立候補する人」をビジョン・政策面で応援することを喜びとしているが〈押し掛け〉〈押し付け〉気味なので迷惑がられることもある。

地元(埼玉県飯能市)では地域サイト「飯能いつどこ情報源」と「飯能イベント企画365」を運営
「地域寄席」を10年前から毎月定期的に開催し続けている。

2001年6月、現市長の初めての市長選のときに「前県議(現市長)×前市議」2人の公開討論会を市民会館で開催した時の5人の何の組織も持たないオジサン主催者の1人だった。
   
2006年1月からブログ「飯能どうする研究所」で、地域の将来ビジョンや市政への提案提言を「10の理想を実現するための
100の挑戦・1000の実験」として体系化して発信中。

地元の日刊紙での提言投稿も目立つので「いずれ市長選に立候補する気だろう」と陰で噂されているが、当人は方々でそれを本気で否定してきた。
ところが「ひょんなコト」が意外な展開に。結果的には2009年7月26日投票日の飯能市長選に出馬しなければならないことになってしまった。
  
そんな訳で、当ブログの名称を「市長を変える・地域を変える・日本が変わる」から、現在の「還暦オヤジ市長選奮戦記」に変えて再スタート。

連絡は「小久保達.com」からどうぞ!
(リンク欄の最下段に有ります)

最新コメント
Adsense
最新トラックバック
FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。