スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

市内の誰も公開討論会を企画しないから、候補者が自分から動いた。

2009年7月9日(木)             ★★公開討論会・直前企画

20:00 → 20:02
飯能駅北口での街頭演説を終えたばかりの××さんと奥さんにバッタリ。
なんという偶然、いまさっき、彼のオジサンと「選挙事務所設営」の打合せをして別れたばかりだったのだ。××さんに
「飯能青年会議所は市長選公開討論会をやらないと決めている」
「私としては、ぜひとも公開討論会をやりたくて、市民会館小ホールを押さえている」
ということを伝えたうえで、
「××さんは、私が主催する公開討論会でも出席してくれますか?」と訊いた。
「私は誰の主催でも公開討論会には出席したいです。小久保さんが主催される討論会であっても出たいですね」

20:10(自宅に向かって歩きながら)
共産党市議の××さんの携帯に。出ない。
すぐ、××候補の携帯に。留守電に要件を吹き込む。
(中略)
21:01(自宅)
××新聞飯能専売店××社長の携帯に。チラシ折込の作業日程を確認。
日曜日(7/12)の朝刊に折り込むのは時間的に不可能だと言われた。
確保してある会場の関係で、開催日は7/14(火)の夜に制約されているので、最悪でも、月曜(7/13)、火曜(7/14)の朝、3陣営(小久保、野口、杉田)で手分けしてPRチラシをまけば、300席は埋まるだろう。
もし、開催日が告示日直前の7/18(土)であれば、他の2紙の専売店の経営者たちには××さんから話いてもらうことにした。
21:15
××候補から私の携帯に。
「沢辺さんにはぜひ出席して貰いたいが、仮に新人候補3人だけでも公開討論会はやりたいですね」
私「もちろん、沢辺市長には出席を要請します。でも、99%断ってくるでしょう。それでもいいんです。公開討論会を逃げた現職は落選するのが定説になっているんですから。それを宣伝材料にさせて貰えばいいのです」
「でもね、小久保さん。公開討論会は、公平中立な司会が重要だから、専門家を見つけてなければならないんじゃないですか?」
私「そんなの必要ないですよ。大勢の市民が聴いている会場でやるんですから、どの陣営の人が司会をしたとしても、依怙贔屓や不公平な司会進行はできないもんです。私の陣営も、野口さんの陣営も、そんなに人がいないでしょうから、共産党さんのほうから司会者を出してくれても、私はOKですよ。なんなら市議の新井さんか、金子さんでもいいですから」
当日の進行内容を打合せる日時を「7/12(日)10:00~飯能河原・風の音」に決めた。
21:20~22:00
インターネットで沢辺さんの公式HPや後援会事務所、沢辺瀞壱事務所の電話に架けてみた。何度か転送されたが、その転送先も誰も出ない。電話帳にも載っていないので、104で問い合わせたら「沢辺瀞壱」では登録されていなかった。
21:57
××さんの携帯に。10/12の打合せ時刻と場所を伝えた。
「もし、沢辺さんの陣営が、既に予定が埋まっているとか言ってきたら、私としては沢辺さんに出てもらうためには、日程を変更してもいいと思っています」
私「それは大丈夫。公開討論会は、どんな予定の会合が有ったとしても、それを優先させなければならないの。要は、先約が有ることを理由に断ってくるのは、それは口実なの。単に公開討論会に出たくないからなの。出席する人が多い日時で押し通せばいいの。私は2001年の、沢辺さんの最初の市長選のときの公開討論会の主催者だったんだから」
「そうですか。判りました。お任せします」
22:03
沢辺さんの家族××さんの携帯に。留守電に「公開討論会の仮日程」を吹き込んだ。
22:04
飯能河原の「風の音」に電話。隣の自宅に転送されて店主が出た。
勝手に打合せ会場に決めた」ことを詫びつつ予約をいれた。

スポンサーサイト

テーマ : 政治・地方自治・選挙
ジャンル : 政治・経済

tag : 市長選 公開討論会

コメント

非公開コメント

プロフィール

小久保 達

Author:小久保 達
こくぼ さとし
埼玉県飯能市在住(27年目) 住居は飯能河原に面した市立図書館隣のマンション。屋上で花・野菜・果樹を栽培。教員の妻、大学生の姪と三人暮らし。

1949年4月24日生まれ・B型
東京都板橋区板橋出身
私立落合幼稚園(板橋)
板橋区立板橋第二小学校
板橋区立板橋第一中学校
東京都立北園高校(板橋)
明治大学文学部中退

中学でも高校でも生徒会長だったが両方とも対立候補がいないから立候補しただけ。中学校では生徒会担当の先生から「お前が立候補しろ!」と指示され、高校では柔道部の部長から「部の予算を増やして来い!」と命令されたから。

つまり「目立ちたがり屋」ではあるが「他人と競ってまで目立とう!」とは思わないタイプ。逆に「他人と競わないほうが結局は得だ!」という考え。この生き方は今もあまり変わらない。

だから地元の飯能市では「市長」ではなく「観光協会会長」を狙っている。市民会館と図書館の運営受託にも興味を懐いている。

建材調査会社を経て25才で脱サラしたが1年も続かずに挫折
親の財産まで喰い潰した自分の愚かさに絶望して自殺を試みるも死にきれず「喰うために」ヤケッパチで就職した会社が極めてまともな社員研修会社だったのが「人生の大幸運!」

その会社での体験や見聞から<起業家の本当の成功要因と失敗要因>に気づいて1985年(35才)再び脱サラして創業開発研究所を開設、現在に至る。

起業関連の著書は9冊。
『はじめての独立開業』
        日経文庫1000円
『規制の中に商機がある』
    日本経済新聞社1500円
『平成起業家物語』 
     ダイヤモンド社1800円
(他は 小久保達 で検索を・・)
   
2001年4月から岐阜大学産官学融合本部客員教授。
起業家の中から日本を変える政治家が続々と出てくることを切望している。

最近は「初めて選挙に立候補する人」をビジョン・政策面で応援することを喜びとしているが〈押し掛け〉〈押し付け〉気味なので迷惑がられることもある。

地元(埼玉県飯能市)では地域サイト「飯能いつどこ情報源」と「飯能イベント企画365」を運営
「地域寄席」を10年前から毎月定期的に開催し続けている。

2001年6月、現市長の初めての市長選のときに「前県議(現市長)×前市議」2人の公開討論会を市民会館で開催した時の5人の何の組織も持たないオジサン主催者の1人だった。
   
2006年1月からブログ「飯能どうする研究所」で、地域の将来ビジョンや市政への提案提言を「10の理想を実現するための
100の挑戦・1000の実験」として体系化して発信中。

地元の日刊紙での提言投稿も目立つので「いずれ市長選に立候補する気だろう」と陰で噂されているが、当人は方々でそれを本気で否定してきた。
ところが「ひょんなコト」が意外な展開に。結果的には2009年7月26日投票日の飯能市長選に出馬しなければならないことになってしまった。
  
そんな訳で、当ブログの名称を「市長を変える・地域を変える・日本が変わる」から、現在の「還暦オヤジ市長選奮戦記」に変えて再スタート。

連絡は「小久保達.com」からどうぞ!
(リンク欄の最下段に有ります)

最新コメント
Adsense
最新トラックバック
FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。