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きょう(7/27)からは、公選法の規定から解放されてBlogを更新できる。

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昨日(7/26)の昼間、投票の最中に選管職員に確認したから大丈夫だ(と思う)

当分はリアルタイムの「きょうの日記」と、
選挙準備と告示期間のために掲載できなかった「過去の日記」を書いていく。

昨日の飯能市長選の選挙結果   飯能市役所サイト

投票率は43%
                                          
2009年7月27日(月)        ★単純な時系列の記録

00:00就寝 → 04:30起床
昨夜は「残念会」で飲み過ぎたのか、書斎の椅子でそのまま眠ってしまったようだ。

05:00 → 06:00
新聞で改めて自分得票数を読むと「少ない」と思う。地元の文化新聞「号外」には、「27日の早朝と夕方、杉田候補は飯能駅の北口に立ち、今選挙の結果を市民に報告する」と書かれていた。
昨日、私が選管に電話で訊いたら「次の選挙のためだとしたらそれは違反ですから」と言われて、私は駅前での「報告」や「御礼」はしないつもりだった。

07:10 → 07:25
自宅から飯能駅に向かうとき、すれ違った車がクラクションを鳴らした。車内をみたら男性が運転席にいて私の方を見ていた。知り合いなのだろうが誰なのかは判らなかった。飯能駅の北口にも南口にも杉田さんの姿は見えなかった。そこで彼の携帯に。出なかったがすぐ折り返し架かってきた。
「7時15分までチラシを配っていたけど無くなったので引き上げた」「さっき車で小久保さんとすれ違ったときにクラクション鳴らしたのは私ですよ」

07:25→08:25
飯能駅の南口に黙って立って、知り合いが通るたびに「お早うございます」「今回はありがとうございます」と。文化新聞の社員が4,5人きて号外を通行人に配りだした。市議の**さんも来たので、握手して「これからも続けますから」とだけ伝えておいた。
「残念でしたね」とか「ご苦労様でした」と声をかけてくれる人もいれば、同じ町内なのに私を無視して通り過ぎる人もいた。
青梅市にある病院の職員送迎車が停まったが、運転している人が近づいてきて「思ったほど票が出なかったですね。でも小久保さんは頑張りましたよ」と言ってくれた人もいた。見知らぬ人だったが同年配のようだった。

08:30 → 10:30
実は、今後の地域活動の拠点にするためのスペースを飯能駅南口ロータリーに面している場所に確保してあります。バス停前にある祥龍房という中華屋の2階(15坪)です。階段脇の大家さんの物置に仮置きしておいた荷物を一人で2階に上げた。ビアガーデン販売用の輸入缶ビール10箱(350mm×24本)、ビアガーデン用に新規購入した小テント2張りなど。たっぷり汗をかいて自宅へ。
駐車場に張ってあるビヤガーデン用テントに、PCで作成してラミネートした<日替わりビヤガーデン>のプレートを一文字ずつ一人で貼り付けた。

11:00 → 15:50
飯能市外で「世話」になった人たちに電話。寄付をくれた人、お金を貸してくれた人、重要な人を紹介してくれた人、貴重なアドバイスをしてくれた人たち。学生時代から付き合いのある県議や、財をなしたベンチャー企業創業者、飯能駅構内に選挙事務所用テントを張ることを了解してくれた西武鉄道本社の課長・・・・。ブログに名前を書くわけにはいかないが、いずれ本にする時は、了解の得られた人は実名で書きたいと思う。

13:39
**新聞の記者から電話。「正直言って、小久保さんがこんなに票を取れるとは思っていなかったですね。そういう乾燥の人は結構私の回りには多いですよ」
「今後はどうするのか?」と訊かれたので、「4年後を目指して頑張ります」「12月の日高市長選で、もし私のように本当の無所属立候補する人がいれば応援しようと思っています」と答えておいた。

15:55→17:55 昼寝
昨夜は布団で寝ていないので、今年最初の「昼寝」をしたいと思っていたが、気分が昂揚したままなので寝付けない。だから、電話をしながら、正月以来の「昼ビール」を呑んでいたのだが、350mm缶3本時間をかけて呑み終えたところで、眠気がやってきて布団へ。
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テーマ : 政治家
ジャンル : 政治・経済

tag : 市長選 号外 飯能駅 昼寝 無所属 立候補 日高市 日高市長選 西武鉄道

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プロフィール

小久保 達

Author:小久保 達
こくぼ さとし
埼玉県飯能市在住(27年目) 住居は飯能河原に面した市立図書館隣のマンション。屋上で花・野菜・果樹を栽培。教員の妻、大学生の姪と三人暮らし。

1949年4月24日生まれ・B型
東京都板橋区板橋出身
私立落合幼稚園(板橋)
板橋区立板橋第二小学校
板橋区立板橋第一中学校
東京都立北園高校(板橋)
明治大学文学部中退

中学でも高校でも生徒会長だったが両方とも対立候補がいないから立候補しただけ。中学校では生徒会担当の先生から「お前が立候補しろ!」と指示され、高校では柔道部の部長から「部の予算を増やして来い!」と命令されたから。

つまり「目立ちたがり屋」ではあるが「他人と競ってまで目立とう!」とは思わないタイプ。逆に「他人と競わないほうが結局は得だ!」という考え。この生き方は今もあまり変わらない。

だから地元の飯能市では「市長」ではなく「観光協会会長」を狙っている。市民会館と図書館の運営受託にも興味を懐いている。

建材調査会社を経て25才で脱サラしたが1年も続かずに挫折
親の財産まで喰い潰した自分の愚かさに絶望して自殺を試みるも死にきれず「喰うために」ヤケッパチで就職した会社が極めてまともな社員研修会社だったのが「人生の大幸運!」

その会社での体験や見聞から<起業家の本当の成功要因と失敗要因>に気づいて1985年(35才)再び脱サラして創業開発研究所を開設、現在に至る。

起業関連の著書は9冊。
『はじめての独立開業』
        日経文庫1000円
『規制の中に商機がある』
    日本経済新聞社1500円
『平成起業家物語』 
     ダイヤモンド社1800円
(他は 小久保達 で検索を・・)
   
2001年4月から岐阜大学産官学融合本部客員教授。
起業家の中から日本を変える政治家が続々と出てくることを切望している。

最近は「初めて選挙に立候補する人」をビジョン・政策面で応援することを喜びとしているが〈押し掛け〉〈押し付け〉気味なので迷惑がられることもある。

地元(埼玉県飯能市)では地域サイト「飯能いつどこ情報源」と「飯能イベント企画365」を運営
「地域寄席」を10年前から毎月定期的に開催し続けている。

2001年6月、現市長の初めての市長選のときに「前県議(現市長)×前市議」2人の公開討論会を市民会館で開催した時の5人の何の組織も持たないオジサン主催者の1人だった。
   
2006年1月からブログ「飯能どうする研究所」で、地域の将来ビジョンや市政への提案提言を「10の理想を実現するための
100の挑戦・1000の実験」として体系化して発信中。

地元の日刊紙での提言投稿も目立つので「いずれ市長選に立候補する気だろう」と陰で噂されているが、当人は方々でそれを本気で否定してきた。
ところが「ひょんなコト」が意外な展開に。結果的には2009年7月26日投票日の飯能市長選に出馬しなければならないことになってしまった。
  
そんな訳で、当ブログの名称を「市長を変える・地域を変える・日本が変わる」から、現在の「還暦オヤジ市長選奮戦記」に変えて再スタート。

連絡は「小久保達.com」からどうぞ!
(リンク欄の最下段に有ります)

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